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アーケードゲームに限らずビデオゲームというものは、創造主たる開発者の想定した範囲内でのみ遊ぶことを許されている。しかし、実際のプレイが開発者の思惑を超えてしまうことは少なくない。
その原因は、常軌を逸したマニアのヤリ込みであったり、バグの発生など開発者の想定範囲外の出来事に起因したりだったりと、さまざまだ。
今回のオールドゲームミュージアムでは、いくつもの奇跡的要因とプレイヤーの探究心によって、素晴らしい魅力が発現した名作『アウトラン(86年/セガ)』について振り返ってみよう。
■アウトラン
『ハングオン』『スペースハリアー』『エンデューロレーサー』に続く、セガ・体感ゲームシリーズ第4弾として86年に発売された『アウトラン』は、80年代で最も成功したドライブゲームといっていい。
『アウトラン』は、当時のドライブゲームとしては斬新で優れた要素のカタマリのようなタイトルであり、そのヒットも当然といえるものであった。
まず、世界観の面でスポーツカーを駆り公道を走るという点が新鮮な印象を与え、多くのプレイヤーを惹き付けた。テスタロッサを駆り、公道を走るという設定それ自体が特徴的要素であり、大きな魅力にもなっていたのだ。
ゲーム性の面では、それまでのドライブゲームと一線を画するスピード感、激しくアップダウンする路面の迫力が際立っている。
80年代中盤、ドライブゲームは大ヒット作である『ポールポジション(82年/ナムコ)』以降大きな進歩が見られず、停滞感が漂うジャンルであったように思う。そのような状況の中『アウトラン』は、実にセガらしい、ハードパワーにモノを言わせた正常進化でゲーム性を飛躍的に向上させることに成功していた。
このように、斬新で魅力的な演出・世界観を持ち、ドライブゲームとしての基本的なゲーム性も優れていた『アウトラン』は、文字通り一般客からマニアにまで愛され、長期に渡りヒットした。
そして、その魅力に憑かれたマニアのやり込みは、ドライブゲーム史上他に類を見ない、「異様な走り」に到達する。
■「ギアガチャ」
雑誌メディアによるハイスコア集計でも、アウトランはかなりの人気機種であった。多くのマニアがタイムアタックに鎬を削る中、そのテクニックは福島県で生まれた。郡山の強豪プレイヤー、SPREAM-SOL氏により発見され、各地に広められたそのテクニックは、後に「ギアガチャ」と呼ばれることとなる。
この「ギアガチャ」というのは、走行中にシフトレバーを操作することにより、自車が路肩に乗り上げても減速しなくなるという、ドライブゲームの常識を破る荒技であった。それはコーナーにおける走行ラインを一変させ、大幅なタイム短縮を可能にする走行パターンの開発につながっていく。
「ギアガチャ」の効果をフル活用した上級者の走行パターンは凄まじいもので、障害物に接触するギリギリまで路肩に乗り上げながらコーナーのインを突く、なんてのはまだ序の口。イン側の路肩上に配置された障害物の、そのさらにイン側(!)を走ってコーナーを駆け抜ける場面すらあったほどである。
「ギアガチャ」はマニアックな技ではあったものの、決してタイムアタックに心血注ぐ上級者だけのテクニックではなかったことも特筆に価する。コース分岐点を始めとする、路肩に障害物が存在しないコーナーならば、上級者でなくとも比較的容易にその恩恵にあずかることができるため、完走するためのテクニックとして庶民的な一面も持ち合わせていた。
■カリスマ
上級者による、「ギアガチャ」を駆使した繊細かつ大胆な走りは、見るものを魅了するカリスマ性に満ちている。そこには「ギアガチャ」が発覚する前とは全く異なる、より高度なゲーム性が確かに存在していた。
それがバグによる現象か仕様の範囲内での出来事かは問わず、開発者の想定外の現象がプレイヤーに発見され、有効な攻略法としてプレイに組み込まれることは珍しくない。
しかし『アウトラン』の「ギアガチャ」のように、それによってより高度なゲーム性がもたらされるケースは極めて少ない。
例えば、『ファイナルファイト(89年/カプコン)』のパンチハメ、『ダンジョンズ&ドラゴンズ シャドーオーバーミスタラ(96年/カプコン)』のオイルハメといった攻略法。これらは攻略としては非常に効果的なもので、利用すれば簡単・確実に先に進める。
こういったたぐいの「必勝法」はゲームを簡単にし、初心者でも先に進みやすくなるため、そのゲームをより多くのプレイヤーが楽しめるようになるという点で有意義なものだ。しかしその反面、本質的にはゲーム性を低下させる側面も持っている。シューティングゲームの安全地帯、格闘ゲームの永久コンボなどにも同様のことがいえるだろう。
アウトランにおいて、上級者の「ギアガチャ」使用プレイがカリスマたり得たのは、「ギアガチャ」技が攻略的に面白く組み込めるコースレイアウトがたくさんあったことにより、より高度で見栄えのいいゲーム性がもたらされたからにほかならない。
もし、障害物が多く大胆に路肩を走れないコースレイアウトばかりだったとしたら、どうなっていただろうか? 「ギアガチャ」はコース分岐点のみで誰もがイージーにタイムを「節約」できるだけの、パンチハメなどと同レベルの小技に過ぎなかっただろう。
■奇跡
仮に「ギアガチャ」がゲームシステムとして組み込まれたものであり、あのようなコースレイアウトや「ギアガチャ走法」によるゲーム性が計算されたものだとしたら、それは驚嘆に値するゲームデザインであり、開発者には心からの賛辞を送りたい。
しかし、「ギアガチャ」がゲームシステムとして組み込まれたものでなく、「ギアガチャ走法」のために作られたかのようなコースレイアウトが偶然の産物であったとしたら……。
それは「奇跡」と言っても、決して大げさでな表現ではないだろう。そしてこの「奇跡」があったからこそ、SOL氏の努力はカリスマ的な攻略「ギアガチャ走法」という最高の形で結実することができた。
ゲームに内包されていた奇跡的な要素とプレイヤーのやり込みが、これほどうまくかみ合って昇華されたケースは希である。ゲーム内に奇跡的な要素が無ければ、開発者を出し抜くかのようなプレイはできるはずもなく、仮に何らかの奇跡を内包していても、プレイヤー側にそこまでたどり着くだけの実力が無ければ、道は閉ざされたまま終わる。
『アウトラン』ほどの奇跡を内包するタイトルの出現率は、とてつもなく低いものだろう。過去を遡ってもそういったタイトルは極めて少ないし、今後もそう多くはないはずだ。
しかし、たとえそれがゼロに等しい出現率だとしても、そのチャンスは等しく全てのプレイヤーに与えられている。そしてそのチャンスをモノにできるかどうかは、プレイヤーの熱意とテクニックにかかっているのだ。
願わくば、そのようなチャンスが、この稿に共感してくれたあなたのもとに訪れんことを……。
そして最後に。素晴らしい奇跡を内包していた『アウトラン』と、その奇跡を探り当てた先駆者の能力に、乾杯!
●コラム(左ページ上段)
これが超絶「ギアガチャ」走法だ!!
(アウトラン筐体写真キャプション)
アウトランのデラックス筐体。ドライブゲームでは初の稼動筐体で、ハンドルの動きに合わせて左右に傾くようになっている。筐体が動かないスタンダードタイプや、立ってプレイするアップライトタイプ(これはあまり見かけなかったが)もあった。
(石柱で出来た門が連なる「ビッグゲート」の写真キャプション)
こんなコースが……
ド迫力でプレイヤーを圧倒する「ビッグゲート」。普通に走っていると、こんな感じ。とっても常識的な風景ですが……。
ギアガチャ導入↓
(門の外側を走る写真キャプション)
「ギアガチャ」を使い出したら、この通り! ゲートの外を走ってます!! 初めて見た時は、ホントにビックリした。
(ステージセレクト写真キャプション)
コース&曲選択も業界初!!
ステージクリアごとに分岐があるコース選択システムや、ゲームスタート時にBGMを選択できるのも新しかった。
(分岐点付近のコーナー写真キャプション)
分岐点付近は路肩に障害物が無いので、初心者でも「ギアガチャ走法」を楽しめる。ここだけ使ってる人も居たね。
●コラム(両ページ下段)
アウトランと同時期に発売され、その完成度の高さからライバル的存在だったのがコナミの『WEC・ル・マン24』。ル・マン24時間耐久レースを題材としており、さわやかな「ドライブ」だったアウトランとは対照的に、硬派な「耐久レース」という演出でゲームを盛り上げていた。3車線いっぱいに、ぴったり並んで走る敵車のすき間をスリ抜けるのが、熱いんだよね。
そのほかの怪しいドライブ・テク: 『WEC・ル・マン24』はハンドルを「こじる」ように操作して最高速度を上げる、俗に「こじり」と呼ばれたテクがあった。『レイブレーサー』では、ジャンプして敵車を踏むと、とんでもないスピードで走れる。ちなみに、今回某ゲームの○ターンについてメーカーに質問したら、「あれは仕様です」との「オフィシャルコメント」がぁっ……。